マーク・デイビスが描いた東京ディズニーランド・ウェスタンランドの原点


はじめに

東京ディズニーランドのウェスタンランド。1983年の開園当初から現在に至るまで、変わらず運航を続けているマーク・トゥエイン号に乗って川を進むと、派手な仕掛けはないのに、不思議と記憶に残る風景が続きます。

その「何気ない完成度」の裏側にあるのが、本稿で紹介する当ストア所有の2点のコンセプト画です。これらは東京ディズニーランド建設に向けて描かれた、ウェスタンランド関連の貴重な一次資料であり、ディズニーレジェンドであるマーク・デイビス本人の手によるものです。

本稿では、これらのコンセプト画が何を意図し、実際のパークでどのように再現されたのかを検証していきます。


コンセプト画とは何か

「設計図」ではなく「ビジュアルメモ」

今回取り上げる2点のコンセプト画は、いずれも完成予想図ではありません。描かれているのは、「どう作るか」ではなく「どう見せたいか」という思考の段階です。

マーク・デイビスの描くコンセプト画は、寸法を指定するものでも、形をそのまま再現させるものでもなく、その場所が物語の中でどんな役割を担うべきかを共有するための「ビジュアルメモ」でした。

正確な寸法も、完成形も示されていない。けれどそこには、どこに視線を集めたいのか、どこで息をつかせたいのか、どんな余白を残すべきかといった、物語の骨格が描き込まれています。

ディズニーパーク開発における基本プロセス

「コンセプト画をもとにパークを設計する」という手法は、日本特有のものではありません。アメリカのディズニーランドやウォルト・ディズニー・ワールドに向けて描かれたコンセプトドローイングも同様に、アーカイブ資料として現存しています。

ウォルト・ディズニーが描いたのは、完成された設計図ではありませんでした。彼が語り、思い描いたのは、「こんな世界があったらいい」「ここで人々を笑顔にしたい」という、純粋なイマジネーションでした。

その抽象的で、時に言葉にしきれない想いを、現実の空間へと翻訳していったのがイマジニアたちです。マーク・デイビスも、その一人でした。


マーク・デイビスという人物

ナイン・オールド・メンの一人

マーク・デイビス(Marc Davis, 1913-2000)は、ウォルト・ディズニーのもとで活躍した伝説的なアニメーター集団「ナイン・オールド・メン」の一人です。

ディズニーアニメーションを語る上で欠かせない存在であり、『眠れる森の美女』のマレフィセント、『ピーター・パン』のティンカー・ベル、『101匹わんちゃん』のクルエラ・デ・ビルといった、印象的な女性キャラクターを数多く生み出しました。

アニメーターからイマジニアへ

デイビスのキャリアは、アニメーションだけにとどまりませんでした。後年、彼はウォルト・ディズニー・イマジニアリングに参加し、ディズニーランドの『魅惑のチキルーム』『イッツ・ア・スモールワールド』『カリブの海賊』『ホーンテッドマンション』といった名アトラクションの開発に深く関わります。

そして1978年にディズニーを退職した後も、WDWのエプコット・センターや東京ディズニーランドの開発に専門知識を提供し続けました。本稿で紹介するウェスタンランドのコンセプト画も、まさにその仕事の一部です。

引用:D23.com WALT DISNEY ARCHIVES / DISNEY LEGENDS / MARC DAVIS

The Marc and Alice Davis Archive

今回紹介するコンセプト画は、いずれも「The Marc and Alice Davis Archive」に由来する作品です。これは、マーク・デイビスと、その妻であり創作上のパートナーでもあったアリス・デイビスが生前に保管していたオリジナル資料群をもとに構成された公式アーカイブです。

これらの作品は制作後も散逸せず、デイビス夫妻の手元で長年にわたり保存されてきました。そして近年、オークションを通じて段階的に公開されることで、一般のディズニーファンや研究者の目に触れる機会が生まれています。

この出所が明確であることは、今回のコンセプト画が東京ディズニーランドの構想段階で実際に用いられた一次資料であることを裏付けています。


コンセプト画① ― アメリカ河と岩山の風景

ⒸDisney

1点目のコンセプト画は、トムソーヤ島からアメリカ河越しに見た岩山と滝が描かれています。

画面の手前側には「TOM SAWYER ISLAND」というメモ書き。そして川の部分には「DIRECTION OF RIVERBOAT →」と記されています。RIVERBOATはもちろん、蒸気船マーク・トウェイン号のことで、進行右手にトムソーヤ島、左手にこの岩山という構図が示されています。

つまりデイビスは、蒸気船マーク・トウェイン号がどの方向から進んでくるのか、そしてゲストの視点からこの風景がどう見えるべきかまで意識して、このスケッチを描いていたのです。

中央には切り立った岩壁が描かれ、その表面には風化の跡や亀裂が刻まれています。背後には豊かな緑の樹木。手前には穏やかに流れる川。派手な演出はないものの、そこには確かに「物語の気配」がありました。

スケールの指定

また、スケッチの上部には「APPROV 2″ = 20’」という記述があり、これは縮尺の指示です。

2″(2インチ=約5.08cm)= 20’(20フィート=約6.1m)

スケッチ上の2インチが実際には20フィートに相当するという意味です。デイビスのコンセプト画は「設計図」ではありませんが、現実的なスケール感を持って、この風景を描いていたことが分かります。

実景との照合 ― ホークロックの滝

このスケッチに描かれた岩山は、通称「ホークロックの滝」と呼ばれる場所に対応しています。カヌー乗り場の少し手前、マーク・トウェイン号やカヌーに乗っていると視界の左手に入ってくる岩山です。

ホークロックの滝をGoogleマップで見る

実際の写真とコンセプト画を見比べてみると、驚くほどの一致が見られます。

デイビスが描いた、ゴツゴツとした岩の表情。それが現地でも、ほぼそのまま再現されています。
また、岩壁の中央には水が流れ落ちる空間が暗示されていますが、実際のパークでも滝が設けられ、静かに水音が響いています。

コンセプト画の背景には、ゆったりとした樹木の輪郭が描かれています。現地でも岩山の背後には豊かな緑が茂り、人工物でありながら「自然の中の一場面」として成立する景観が作られています。

スケッチに書かれた「DIRECTION OF RIVERBOAT →」というメモの通り、マーク・トウェイン号が進む方向と、このコンセプト画の視点は完全に一致しています。
そして現地の写真と見比べてみると、この「ホークロックの滝」はスケッチで指示されたスケール感ともほぼ一致しています。

デイビスは、岩山と川との距離感、視線の高さまで想定していたことが、このスケッチから窺い知ることができます。


コンセプト画② ― トムソーヤ島エリアの桟橋周辺

ⒸDisney

2点目のコンセプト画は、トムソーヤ島エリアの桟橋周辺です。

画面中央には素朴な木造の小屋。手前には丸太で組まれた桟橋が延びていて、いかだが浮かんでいます。また背景には「R.R TRAIN」というメモ書きと車両もあって、鉄道の存在も示されています。

この一枚からは、「西部開拓時代の川辺」「トムソーヤたちが冒険した場所」という雰囲気が伝わってきます。派手な仕掛けはないものの、不思議と「ここで遊びたい」と思わせる魅力があります。まさに開拓時代のフロンティア精神が息づく、そんな世界観がこのスケッチには込められています。

実景との照合 ― 魚釣りドックとポンプ小屋

このスケッチに描かれた要素を満たす場所として、現地の「魚釣りドックとポンプ小屋」周辺が最も忠実に対応しています。

魚釣りドックとポンプ小屋をGoogleマップで見る

板張りの小屋、川辺に浮かぶいかだ、木製の桟橋。そして写真の奥、スケッチに「R.R TRAIN」と書かれていた辺りには、実際にウェスタンリバー鉄道が走っています。

蒸気船やカヌーに乗ったゲストたちが、この素朴な風景の中を進んでいく光景を見ると、デイビスの描いた”西部開拓時代の川辺”が、見事に再現されていることが分かります。


デイビスの意図は、どう受け継がれたのか

「空気感」を翻訳する仕事

マーク・デイビスのコンセプト画には、寸法も素材も明確には書かれていません。しかしそこには、「ゲストに何を感じてほしいか」という思いが、確かに込められていました。

ホークロックの滝であれば、「荒々しくも美しい、アメリカの大自然」「川を進むゲストの視界に、さりげなく物語を差し込む風景」。

トムソーヤ島の桟橋エリアであれば、「少年たちが冒険した場所」「西部開拓時代の世界」。

そうした抽象的な”空気感”を、イマジニアたちは丁寧に読み取り、地形や気候、建材や植栽、そして日本という場所に合わせて、現実の空間へと翻訳していったのです。

デイビスが描いたのは設計図ではなく、物語の骨格でした。その骨格を受け取ったイマジニアたちが、それぞれの専門知識と現場の制約、そしてゲストへの思いをもって、「どうすれば、このイメージを最高の形で実現できるか」を考え抜きました。


おわりに

コンセプト画とは、ウォルトの頭の中にあった世界と、実際にゲストが歩くことになる現実のパークとの間に置かれた、最初の「翻訳装置」です。

ウォルト・ディズニーのイマジネーションを、遠く離れた日本に注ぎ込むための”器”だったのです。アメリカで培われた物語の作り方を、そのままコピーするのではなく、東京ディズニーランドという新しい舞台にふさわしい形へと翻訳する。その過程の、もっとも繊細で、もっとも自由な瞬間が、このコンセプト画の中に残されています。

東京ディズニーランドが開園したのは1983年。それから40年以上が経った今も、ウェスタンランドには、マーク・デイビスが描いた”空気”が流れ続けています。

次にパークを訪れるときには、ぜひ意識してみてください。

「あ、これがあのスケッチの場所なんだ」
「デイビスが描いていたのは、この風景のことだったんだ」

そう思いながら眺めると、いつもの景色が少し違って見えるかもしれません。


画像著作権表示
※コンセプト画はピクシーダストが所有、デザインの著作権はThe Walt Disney Companyに帰属します。


本稿は、マーク・デイビスによる東京ディズニーランド・ウェスタンランド関連のコンセプト画2点を分析し、実際のパークにおける再現状況を検証したものです。

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